トヨタのアルファードがシャープ「LDK+」にならない決定的な理由

Interior | SHARP LDK+ EV Concept アルファード

2024年9月6日、日本の家電大手であるシャープ株式会社(以下SHARP)が主催する展示会にて、同社初のEVコンセプトモデルとなる「LDK+」をお披露目することを以下の報道にて発表した。

EV(電気自動車)のコンセプトモデル「LDK+」を「SHARP Tech-Day’24 “Innovation Showcase”」で公開

「“止まっている時間”は、リビングルームの拡張空間に」をコンセプトのスローガンに掲げ、自動車が停車や駐車している時間をイノベーションするとしており、「LDK+」という名前のとおりに住宅の一部やその延長の存在と捉えることで、移動時以外にはあまり活用されない”自動車が止まっている時間”に新たな利用価値と快適性を追求する姿勢を打ち出しているが、これまでにリビングをテーマとしたクルマたちやトヨタのアルファードとの違いについて考えてみた。

Interior | SHARP LDK+ EV Concept

リビングをテーマにした自動車のコンセプトは過去にも多く存在

リビングをテーマにしたクルマ(のコンセプト)はこれまでもモーターショー等の展示会にて都度、各メーカーから発表されてきた。直近では、パナソニックがMobile Living Roomを2023年のジャパンモビリティーショーに、スズキがHANAREを2019年の東京モーターショーにそれぞれ出展している。

パナソニックのMobile Living Roomはシースルーなリビングルームをイメージさせるエクステリアにタイヤを付けたようなスタイリングで、インテリアは広々とした空間を印象付けるためか、ミニマムな装飾と車両の中央左サイドにベンチシートを備え(コンセプトの写真では夕日を眺める乗員の姿のものがあった)、室内の片隅に設置された小さなテーブルの上にハンドルがオブジェのように載っている。停まっていたらただの透明な箱杖のプレハブに見えそうなコンセプトモデルだった。

一方のSUZUKIのHANAREは、右サイド側にのみ大開口のスライドドアを備えた量産車にありそうなエクステリアデザインで、インテリアは開口部のない左サイドに大画面のディスプレイを備えており、車両前後には向かい合わせでソファが設置された完全自動運転車両で、インホイールモータによる走行を想定したコンセプトモデルだった。

上記の2つのメーカー間ではコンセプトの打ち出し方にそれぞれの個性が見られる。
パナソニックは家電以外にも住宅を手掛けるメーカーとして、住宅のリビングイメージを最大限に打ち出している反面、モビリティの重要な要素(走行性能、空力性能など)は皆無だ。その点では、スズキはあくまで従来のモビリティの延長上で最大空間のインテリアをリビングに見立てた打ち出し方だ。

以上は自動車展示会に出展されたコンセプトモデルだったが、市販車においても”リビング”をモチーフやコンセプトに据えたクルマが存在する。以下にはその一部を参考までに挙げておく。

NISSAN TIANA (2003-2020)

インテリアデザインにモダンリビングの考え方を持ち込んだのが日産ティアナだった。特に人の触れる部位に高品位なスエード素材や革を用い、助手席にはオットマンも装備し、この時代では先進的なアンビエントライトも備えた。

NISSAN TIIDA (2008-2012)

日産がティアナの開発陣を投入し、コンパクトカーにもモダンインテリアの発想を取り入れつつ、後席空間の広さは最上級セダンを凌ぐほどの広さを備えたハッチバックだったのが、この日産ティーダだった。

HONDA e インテリアイメージ

HONDA e (2020-2024)

ホンダ初の小型ハッチバックEVとして鳴り物入りでデビューしたのがHONDA e。2眼ヘッドライトのキュートさとスポーティさを持つエクステリアとウッドテーブルを備えたリビング調のインテリアが人にやさしいクルマを訴求するモデルだった。

NISSAN CARAVAN MYROOM

日産の商用バンであるキャラバンをベースに”部屋ごと出かけて憩う”をコンセプトとして荷室をリビング化したモデル。後席シートをベッドやソファに展開し、過ごし方に合わせた室内アレンジが可能。ホームシアターにも対応する。

日産キャラバンMYROOMインテリアイメージ

上記以外にもSUZUKI SPACIANISSAN ROOXなどインテリアに”リビング”という表現を使用するモデルは多々あり、快適性を訴求するセールスワードとして定着している様子が伺える。

メーカー間の熾烈を極めた日本のミニバン市場

日本の自動車市場でのミニン(統計上はセミキャブワゴンと呼ぶ)は特にファミリー層に根強い人気だ。右のグラフに示すJADA(日本自動車販売協会連合会)の統計データによれば、SUVが台頭し人気を博している今の状況にあってもミニバンの売上げは衰えておらず、直近の4年間でも60万台を超える販売台数を記録し、2023年には80万台に届きそうな勢いがあった。

販売台数推移グラフ2020年1月~2024年8月まで
車種ブランド別年間半版台数ライキング表

左は同じくJADAの国内普通乗用車販売台数データから2020年~2023年までの4年間の累積販売台数上位20位を抜き出してみたが、そのうち9台もミニバンブランドがランクインするという状態だ。販売台数も車種も日本国内では群を抜く35.8%(2023年実績)のシェアを持つトヨタは6車種、次いでホンダが2車種、日産とスズキがそれぞれ1車種という内訳になるが、上記には記載していない三菱のデリカD5やホンダのオデッセイなども上位50位以内にランクインしている。

上記のように日本国内のミニバン市場は群雄割拠という状況であり、メーカーの資本力やディーラーの規模、車種がカバーする価格帯や想定する対象ユーザー範囲などを徹底的に検討し、同一メーカー内での車種間のカニバリズムを避けながらも他社ライバル車種を研究し尽くし、その上でモビリティのバリエーションの企画と市場調査を行いつつ、同時に試作から量産までの商品開発に数年を要し、販売時の景況感を観察しつつプロモーションにより市場の期待感の醸成を行うという熾烈な販売競争やユーザー獲得競争を日々の中で繰り広げている。

自動車の利用目的は移動手段が”主”で快適性は”従”

自動車という商品性について改めて考えてみたい。誕生の歴史から紐解くほどの字数を割くことはできないが、自動車が生まれた一番の動機は”移動の自由”に対する強い欲求だ。自動車が生まれる以前の中長距離の移動手段は蒸気機関車か馬車であり、どちらも専任の運転手が必要なうえに走らせるための固有の技術が必要だったため、個人による移動の自由はなかった。そのような時代を経て、初の自動車が誕生した1769年から約250年もの途方もない歳月が経過した。

現代では”移動する自由”という価値自体が自動車の普及で特別なものではなくなり、人が持つ他の欲求と大差ないものだ。それは自動車自体の存在だけでなく、これを支えるインフラ(道路、給油拠点、保守サービスなど)の普及も相まった結果だ。現時点で電気自動車の普及は、主戦場の中国や普及期の北欧諸国を除き、欧州各国や米国などの主要な自動車市場では減速している。その大きな理由はバッテリーに依拠する課題(車体価格、充電時間、発火の危険性)や充電設備の未整備でインフラ整備の遅れだ。自動車単体で”移動の自由”という価値を生みだしてはいない。

自動車が”移動する自由”という価値を発揮するには、これを利用する人間が「安全かつ安心して移動できる」という心理の上に成り立つことが分かる。自動車にとっての移動とは自走することであり、「走る・曲がる・止まる」という基本機能をドライバーたるユーザーに提供し、これを安全かつ安心して利用できる環境を整えることこそが価値の”主”であり、その他の要素は”移動する自由”という価値に付加するものなのだ。

自動運転車(Waymo)

自動車業界全体は100年に一度の大変革期にあると言われており、メルセデスベンツを有するダイムラー・クライスラーが提唱した”CASE”という新たなモビリティの価値を競い合う時代に突入した。そうとは言え、自動車が実現してきた”移動の自由”という価値は色褪せるどころか、根本価値としてますますその重要度が再認識されつつある状況だ。内燃機関の置き換えを目論むElectric(電動化)や運転からドライバーを解放すると喧伝するAutonomous/Automated(自動運転)は、自動車の基本機能が「安全かつ安心」してドライバーが利用できることが大前提だ。

自動車における居住性や快適性の価値

自動車という製品の成熟とともに”移動の自由”への信頼性が高まりつつ、自動車へ求める要求が多様化したことで、所有満足度の向上、車室内の快適性や利便性の改善、安全性の追求など様々な要求がユーザーによってもたらされた。先に触れたCASEについても、次世代車に対するユーザーの欲求や期待感を喚起しつつ、自動車を進化・深化させることを目的としている。

しかし、これらはあくまで次世代車を主に機能面で支える要素技術であり、特に人間が五感で感じる主観的要素である”居住性”や”快適性”はそれらの上で構築される感性価値だ。それ単体では自動車の開発・販売に対する明確な数値目標を立てられないだけでなく、メーカーのブランディングイメージや車種バリエーションとの相性、そして自動車の基本性能への影響を深く考慮して対策しなくてはならない。


繰り返しになるが、自動車の基本性能は”移動の自由”という価値を”安全かつ安心”して享受できる環境を提供することだ。つまり、走行性能や燃費性能、安全性能や信頼性などモビリティの基本要件を備えてこそが自動車という動的な機能を主体とした製品であり、走らない製品を自動車とは呼ばない(眺めるだけのコレクションとして博物館に並んでいるものを除けば、だ)。

トヨタのアルファードがLDK+に追従しない理由

先のミニバン市場の話題に挙げた国内自動車販売台数ランキングにも登場するトヨタのアルファード。この高級ミニバンは2002年5月に発売され、2代目で兄弟車のヴェルファイアを投入後は、持ち前のディーラー規模によってライバルたちを寄せ付けない販売成績をおさめているが、それはアルファードという車種ブランディングの巧妙さと対象ユーザーの満足度を常に追求してきたことが主要因だ。スタイリング、走行性能、快適性や静粛性をこれまでは最上級セダンにのみ適用してきた技術革新を投入し、箱型で投影面積の大きな車体であっても最高級セダンに負けない魅力を打ち出している。

では、そのアルファードが備えるインテリアはどうか?積載人数の仕様にもよるが、共通点は骨格やサイズと程よく包み込むクッション性を備え、リモート操作やマッサージ機能にも対応しつつ、座って移動するという状況で最上の快適性という価値を追求したシートを備えており、そのうえで車内の過ごし方に対して研究・開発した補助機能や娯楽機能を付加価値として提供している。あくまで自動車は”移動する自由”という価値を提供することを基本原則とした上に、快適性や居住性を追求しており、停まっている状態を”主”としてはおらず、自動車の価値はそこではないことを理解している。

SHARP_LDKplus_Body

シャープが今回発表したLDK+では「停まっている間の時間」をイノベーションするとうたっている。車両開発はフォックスコンと協業して開発するとも伝えられている。しかし、自動車開発はインテリアや住宅を作ることとは根本的に異なるものだ。電気自動車(EV)は部品点数が少ない=製造しやすいという誤解を与えているが、製造すること=開発することではない。シャープがEVを事業化するのであれば、自動車開発から着手するのが最短の近道になるはずだ。

最後までお読み頂いた方へブロガーからのお願い

もし本投稿内容であなたのお時間が少しでも有意義なものになりましたら、
お手数ですが、こちらのリンクをクリックして頂けますでしょうか?
何卒ご協力のほど、よろしくお願いします(^人^)

人気ブログランキングへ

コメント

タイトルとURLをコピーしました